What is the Tokyoist, vice versa. ~ 「イナカニカエル」考

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ビリーバンバンは古い人でなくても "IIchiko" のCMで耳馴染みがある人も多いと思う。むしろこのCMをまったく新しい曲としてとらえる人の方が多いかもしれない。菅原兄弟のDuoであるが、インタヴューを聴くと彼らの発言はなかなか面白い。

それは一番とまどったのが当時のヒットを飛ばしていた人たちに極端に言えば「なぜそんな腰ぬけな歌ばかり唄うのか?」と言われたことだという。たぶん、井上陽水、吉田拓郎などの時代の“骨”のある人たちのことではないかと想像する。

彼らは東京に生まれ育ったので逆にその“骨”の意味がわからないという。さらにいえば、兄が慶應、弟が青学出身であるからなおさらである。きれいに言えば「そんなロマンチックな歌ばかり作ってどうするんだ?」とよくいわれたらしい。しかし、そんなことはこの二人にとってわかるべくもない。“骨”のある人たちが「東京」を意識することと同じことを理解せよということの方が無理があるというものである。彼らは最初から「東京」にいるのである。このような人たちにとってはそれと同じようなことのように、海外を意識することが多い。

それとは別に弟・進はそのようなことを言われているにもかかわらず、彼らを青山や渋谷によく連れて行っていろいろなショップやレストランなどを紹介していたという。彼は実に“骨”のある人らしい。

               


最近、坂本冬美もこのCMをカバーしさらにヒットしている。♪また君に恋している♪である。弟:進の言であるが、この曲を歌っていて想い出して仕方がないのが、離婚した妻のことだそうである。人生や男と女とは実に不思議なものである。

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かれらのインタビューを聴いていて思い出したのが、以前HPに載せた以下のコメントです。少し加筆修正しました。


「イナカニカエル」という日本語がある。
このことばの意味が私には実感としてあまりピンとこない。
たとえばAというところで生まれ育った人で、すでに何十年もBというところに住んでいるのに延々とAという「イナカ」の良さを話す人がいる。こういう人はだいたいこちらから質問してないのにAについての話を続ける人が多い。

一般的にも「イナカはいいものに決まっている」という結論で〆ると話はまとまりCMへ入る算段になっている。
しかし、不思議なのはこういうイナカを持たない人間、また学生、転勤族の人、さらに好むと好まざるにかかわらずたまたまその場所に住んでいる人はどう思うだろうか、ということをこの人たちは考えたことがあるのだろうか。
イナカなるものがない人やイナカというものにもともと興味がない人にとっては特に関心がないことであるし、さらに、たとえそこに生まれ育ったとしても、どうしてもその土地になじめない人にとっては決していいところではないかもしれないのである。

さらにこういう場合はどうなるのだろう。よくイナカは絶対いいところだから東京はダメだ、などと断定するような人たちがいる。では、もともと東京に生まれ育った人はいったいどういう存在なんだろうか、ということである。この人たちにとってはあえていえば東京がイナカなのである。あえてという意味は、イナカという思い入れはそんなにないし、イナカはいいなどという感慨も特に持たない感覚のほうが強いかもしれないということである。それにこの人たちは他人にそんな押し付けるようないい方はほとんどしない。

また、海外に住んでいる人や仕事上などでよく出かける人間にとってもこのことはまったく同じである。
イナカを日本に置き換えれば同じことになる。よく海外にでかけるから日本食が恋しいでしょう、などという人がいる。これもその人個人の趣味嗜好であるから必ずしもそうとはいえないのである。

個人的なことをいえば、日本以外ではその土地の食べ物を食べたいと強く思うし、日本食がないとダメだなどということはまったくない。むしろ、現地の人が日本の食事をしたいからいこうよ、などということのほうが多かったりするから面白い。そこでたまたま初めて食べる和食の種類を発見したりすることがあったりするのである。
これは逆のケースを考えれば納得がいくことで、日本に来ている人にこちらが気を使ってその国のレストランに行きましょう、などといって彼らに反対に初めて食べておいしかった、などといわれるのによく似ている。こういうことはわりあいと起こることである。

かくいうわたしも“すし”、特にお寿司屋さんに関してはまったくわからない。新鮮な魚などは食べてきたが、すしに関してはほとんど縁がなかった。あまり興味もなかったし、いまでもあまりない。
日本以外でもすしを食べたいとはほとんど思わないし、日本にいてもあまり食べたいとは思わないというごく個人的な嗜好ではある。

このすしに関しては、Hamburg在住で日本人女性と結婚したドイツ人が仕事上何度も日本にきていることから「築地でうまいすしを食べよう」と誘ってくれて何度かいったのが一番印象に残るすしを食べた経験である。

それにしても、これだけグローバル化している現代においても「帰省」とか「田舎」という言葉が依然として根強いのは人間の帰巣本能なのだろうか。

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